タイ東北地方の多様な手織物の世界

タイ東北地方の多様な手織りの世界

タイ・イサーン(タイ語で東北地方)の多様な手織りの世界を紹介します。


イサーンと呼ばれるタイ東北部は、北はメコン川境にラオス、南はカンボジアと
接するドンラック山脈に至る広大な地域である。コラート高原と呼ばれる
田園風景が広がっている。この地域は自然環境が厳しく旱魃や洪水に、

度々見舞われた貧しい地域でもある。

タイのイサーンと呼ばれる東北地方は、一般の観光客にはあまり知られていない
地域でもある。中心都市であるバンコクやタイ北部のチェンマイやスコータイなど
歴史的な遺跡もある地域には観光客も訪れる人が多い。

イサーンはタイの中でもかつては貧しい地域であり、観光スポットも開発整備
されていなく、観光客があまり訪れなかった。それゆえに、この素朴な地域には
タイの伝統的な慣習が多く残されている。
この残された文化の中に最高級の織物、絹絣やマットミーと言われる、蚕から
紡ぎ作られる絹織物、タイシルクが伝統的な手法による手織物として受け継がれ残されてきた。

このイサーンにはクメール帝国(カンボジア)が残した壮大な遺跡群が残されている。
クメール帝国はあのカンボジアの世界遺産でもあるアンコール・ワットや
アンコール・トムを築いた。クメール帝国(802-1431)は一時期、支配地域を
アンコールから西はミャンマー、南はマレー半島、北はラオスの首都ビエンチャンまでと
インドシナ半島全域を治めていた。また、文化的にも宗教的にもジャワとの関係が深かった。

イサーンは11世紀頃から、アユタヤ王朝の攻撃により衰退する14世紀後半まで、
クメール帝国の支配地域であった。この間にクメール帝国の神殿や寺院が築かれた。

このイサーンがクメール帝国によって支配されていたために、タイシルクのマットミーと
言う絣や最高峰のナーナーンが伝統して残され、いき続けて来ている。クメール帝国と
関係深いジャワにも、今日イカットと呼ばれる絣がタイと同じように残っている。

タイの織物の多様な世界には様々な文様織りの種類が今日残されている。
タイ東北地方には代表的な手法の織物が4種類あります。

(1)「マットミー」と呼ばれる絣織り。


シルク糸を柄に合わせて紐で括っているところ。


左側は一般的な緯絣、右側は経糸と緯糸を括った手間のかかる経緯絣。

一般的にいわれる「絣」で、機織の前にあらかじめ紋様を染め分けた絣糸を用いて
織って文様を作りだした織物であります。一般的なマットミーの絣は特徴として、
緯糸を絣糸とした「緯絣」です。

タイ語で「マット」は括る、「ミー」は細い糸を意味します。

絞り染め手法ですが、絞り染めのやり方に特徴があります。シルク糸を綿糸の紐や
ナイロン紐(古くはバナナの皮)できつく縛り、その部分だけが染色の時に色が
付かないようにする手法で、縛り方、縛る位置により、また染色回数により縛り回数
が多くなり、色々な色柄文様を染めることが出来ます。したがって、色数が多いほど、
柄が細かいほど糸を縛って、染めて、の作業が多くなり手間と時間の掛かったものと
なっていきます。

手法としては日本の絣と同じであり、今日の日本の中にも、様々な地方の特色ある絣が
あります。しかし、昔は多色で複雑な柄があったのですが、現在の日本の絣は色数が
少なくなり、柄模様も単純化がされてしまっている。タイシルクの手織り絣は日本の
絣と比べて、色柄が多色で複雑な模様のものが沢山あります。

タイシルクの中で絹絣とも言われ、タイ語でナーナンと呼ばれるマットミーの最高峰の
織物があります。このナーナンと呼ばれる絹絣は文様、織方がクメール帝国(カンボジ
ア)の影響を受けているものです。


ナーナンと呼ばれる絹絣。

(2)ヨック・ドック(綾織)と呼ばれる織り。


ヨック・ドック「綾織」が緯絣によって織られている。

この織り方は地組織の変化だけで紋様を織り出しています。文様を作るための緯糸は
加えられず、通しの緯糸による地組織の変化だけで文様を作りだす。

菱形とか篭目状の紋様が地文に出る。

スリン県ではこのヨック・ドックのことをルーク・ゲーオとも呼んでいます。
経糸に緯糸を通す時に経糸に対して紋綜絖を使い、通し方を変えることにより
地糸柄が出来、緯糸の部分が膨らんで柄模様になる。紋綜絖の数によって地組織が
変化して異なった地紋が出来上がる。スリンの村では6本の紋綜絖を使い、
地組織変化を作り菱形の紋様を作り出しているのがありました。


左側はマットミー柄をルークゲーオ(綾織)で織っている。
右側は左側の綾織をする6本の紋綜絖が使われている。
複雑な絣柄を綾織で織っている手間のかかる豪華な織物。

マットミーによる括り染色緯糸による綾織りで織り上げると凹凸のある独特な
風合いのマットミーが出来ます。染織の異なる手法を組み合わせることにより、
多様な色柄織りのタイシルクを作ることが出来ます。


単色絣柄を綾織で織っている。

(1)と(2)における文様を織り出す伝統的な手法は、文様を織り出すために
地糸の他に文様緯糸を加えない織方です。

 

(3)キット(浮紋織)と呼ばれる織り。


地組織の緯糸とは別に織り巾いっぱいに通し糸を用いて、紋様を織り込む手法。
地の組織を作る綜絖の他に紋様を作る紋綜絖が必要になる。紋様の複雑さや紋様の
繰り返し程度により、紋綜絖の数が異なってくる。複雑な紋様を織る天井から
ソウメンを流したような棒綜絖で織られるものもある。

ブリーラムにタイ語でライ・キッド(プリセット方式)、西洋ではブロー・キッドと

言われる刺繍的に見える織りがある。


左側は織物の裏側を上にして機織りしている。右側は機織りの下側から拡大鏡で織物表側を見ている。

プレーワーの掬い織りとは異なる。地組織を作る経糸と緯糸とは別に、織るときに
紋様用の緯糸が経糸の間を通る時に文様柄全体においてあらかじ経糸が上げられる
部分が事前に全て糸で吊られた竹綜絖によってセットされている織り方。
経糸を上げる部分をあらかじめセットするための手間と一本づつ緯糸を通す度ごとに
セットを変える手間が掛かるので、セットを動かす人出が数人必要になる。
大変な手間と時間の掛かるタイシルクである。


天井からそうめんを垂らした様に見える非常に多くの竹棒綜絖によって織っている。
この竹棒綜絖を上で動かす人と機織機の床下で動かす人達がいて、
若い女性が織物を織っている。数人掛り何か月もかけて織る。
一日数センチの織りと言う。

(4)ジョク(縫取織)と呼ばれる織り。


刺繍糸を一本一本織り込んでいく作業に手間隙が掛かる。

「縫取り」の言葉どおり刺繍をするように、地組織の中に紋様を作り出す緯糸を部分的
に紋綜絖を使わずに織り込んでいく手法。「縫取」は元々は刺繍用語で、紋様を作り出
す緯糸を織幅一杯ではなく、必要な紋様部分だけに用いる。

ジョクはタイ語で「引き上げる」、「つまむ」を意味する。

マットミーのように括りによって一本の糸を何色にも染めることはなく、地組織の
経糸、緯糸があり紋様に使用する色の数だけ紋様用の糸が染めて使われる。
地組織の経糸と緯糸は一般的な平織りです。刺繍のように見える紋様の部分は、
紋様用の緯糸を一本通すごとに、地組織の経糸を指で一目ずつ掬い上げて紋様緯糸を
通して織り込んでいく。このために手間の掛かる作業が繰り返される。密度が高く
柄模様が複雑なほど手間が掛かる。

複雑でない紋様の場合は、手でつまんで掬って織り込んでいく手法でなく、
紋綜絖によって織り込んでいくものも作られている。

ジョクの手法によるタイシルクで最高峰と呼ばれる織りに「プレワー」があります。
プレワーの高級品は指で経糸を掬いながら、多種の色緯糸を丹念に織り込んで複雑な
紋様で織り上げて行く。



 

 左右ともプレーワーと呼ばれる織物。


(3)と(4)における文様を織り出す伝統的な手法は、文様を織り出すために
地糸の他に紋様用の緯糸を加えて織る織方です。

4種の代表的な文様を織りだすための技法をそれぞれ単独で、
用いられる場合もあるが、色々な文様を作り出すために、
各種の技法を組み合わせても使われている。

色々な技法や多彩な意匠の文様を組み合わせて織り出すのが、タイの織物の特徴ともいえ
る。